変われ、新規事業のパラダイム! 新刊「事業を創る人」の大研究(田中聡・中原淳著)が刊行されました!

新刊「事業を創る人」の大研究(田中聡・中原淳著:クロスメディア・パブリッシング)が刊行されました!

本書の特徴や見どころについては、共著者である中原淳先生のブログをご覧ください!
新刊「事業をつくる人の大研究」(田中聡・中原淳著)が刊行されました!:「人と組織」の観点から見つめなおす「新規事業づくりの極意」!?

「事業を創る人」の大研究

「事業を創る人」の大研究(田中聡・中原淳著)(AMAZONでのご購入はこちら)

この書籍に込めた個人的な思いと関わってくださった皆さまへの謝辞を「あとがき」に記しました。以下、長文ですが、あとがき全文をご紹介しますので、よろしければご笑覧ください。
 
☆☆☆☆☆

ファーストペンギン」という言葉をご存じでしょうか。

ファーストペンギンとは、集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵に襲われるかもしれない危険を顧みず、エサを求めて大海原へ最初に飛びこむ1羽の勇敢なペンギンのことを言います。ペンギンの群れには、ある特定のボスやリーダーはいません。群れになんらかの危険が迫った場合に、いち早く察知して行動する最初の1羽に従うのが、彼らの集団行動の原則です。
転じて、その”最初の1羽”のように、リスクをとって新たな市場に挑む創る人を、スタートアップや新規事業界隈では敬意を込めて「ファーストペンギン」と呼ぶことがあります。

しかし、この話には裏話があります。
ある動物学者によると、ファーストペンギンの多くは、どうやらあとに続く仲間に押されて「飛び込まざるを得なくなったペンギン」らしいのです。はじめてこの話を聞いたとき、これこそまさに創る人の姿だと思いました。これまで私たちがお会いしてきた新規事業担当者の多くは、まさに「飛び込まざるを得なくなった」人たちだったからです。

・花形事業で出世街道まっしぐらだったはず(?)なのに、突然、偉い人に呼び出されて、新規事業を立ち上げることになってしまった人
・新規事業の批判をしていたら、「そんなに言うなら、お前がやってみろ」と新規事業を任されてしまった人
・突然、新規事業担当者が辞めてしまい、急遽、白羽の矢が立ってしまった人

高邁な理念と大義を掲げ、志高く、積極果敢に新規事業に挑む「勇敢なイノベータ―像」とは必ずしも重ならないその姿こそ、本書が綴ってきた創る人の実像なのです。

彼らが身を置く環境は、「理不尽」の一言に尽きます。
既存事業部門では当たり前のように活用できている社内の情報にすら、まともにアクセスできない不自由さ。古巣の仲間からは後ろ指をさされ、経営陣からはダメ出しを浴び続ける日々。昨日の“Go”が今日 の“No Go”に変わる上司に、「別にどっちでも」が口癖のやる気がない部下。

誰の言葉を信じていいのかわからず、時に人間不信に陥りながらも、強烈な痛みと想像を絶する苦難の連続の中で悩み、もがき、苦しみ、ようやく見つけ出した自分なりの答えを信じて、それを「正解」にするために無我夢中で走り続ける……。

そんな創る人の生き抜く様に、私は研究者として惹かれました。

私の専門は「働く人と組織の学びと成長」です。働く人が仕事や組織との関わりを通じて、どのように学び、成長していくのか、というのが 私の中にある一貫した問題意識です。そんな私が「事業を創る人」を研究対象として着目した理由のひとつは、新規事業に特有の「痛みと葛藤」に満ちた強烈な経験の中にこそ、働く大人が学び・成長する源泉がある、ということを私自身、現場での実務経験を通じて実感していたからです。

私自身も民間企業に新卒で入社して5年目の秋に、シンクタンク組織の立ち上げに参画するという機会に恵まれました。専任メンバーは私を含めて2名という体制の中、そもそも何を目的に、どういう活動をするかを定めるところからゼロベースで考え、意思決定し、具現化するという一連の新規事業に取り組んできた過去があります。
私の所属する会社では、新規事業の実績が比較的豊富で、社内の理解も得られやすい環境にありましたが、それでも社内でまったく新しい事業を創るという過程で、多くの「痛みと葛藤」に苛まれ、苦しみながらもなんとか自分を保ち、歩んできたという過去があります。今でも当時の苦い思い出を思い返すことがありますが、その経験が今の自分を支える原体験となっていることは言うまでもありません。

「働き方改革」が叫ばれる昨今、「組織より個人の時代」という風潮が日本社会のコンセンサスになり、ありのままの自分で仕事もプライベートもスマートに、という働き方が望ましいとされる時代になりました。
そんな“バランス”が求められる時代にあって、組織(事業)のために自己を犠牲にしてまで、がむしゃらに疾走する創る人の働き方は、少々暑苦しく、また時代錯誤に映るのかもしれません。
ですが、これが事業を創るということのリアルなのです。私自身の実体験からも、人が成長し、何かを成し遂げるためには、一時的に「バランスを失うような働き方」を伴うという事実を否定し得ません。

もちろん、現在の働き方改革の方向性に対して一切の異論はありません。ただし、働き方改革という御旗のもと、新規事業に伴う一時的な「痛みと葛藤に満ちた“バランスを失う”働き方」までもが否定され、受け入れられない社会になってしまうとすれば、創る人はさらに行き場を失ってしまうのではないかという危機感を一方で禁じ得ません。

おそらく今後、限られた時間の中で生産性を最大化するという経営の方針と、事業を創るプロセスに伴う「一時的にバランスを失うような働き方」をいかに両立させていくのか、ということが人事的な課題になってくるでしょう。そこで求められるのは、本書で見てきたように、新規事業を任せて終わりとする従来の発想から、事業を創る経験を通じた育成の効果を最大化しようという発想への転換です。そして、そのためには、創る人に「よき理解者とよき支え」の存在が必要になります。

ここに、私が「事業を創る人」を研究対象に着目したもうひとつの理由があります。残念ながら、現状において創る人を育てる環境や支える仕組みを用意できている企業はごくわずかにとどまっており、多くの企業で手つかずな状況なのが実情です。私たちがこれまでお会いした新規事業担当者の中にも「孤独さ」を吐露される方は少なくありませんでした。

人は、誰かに見られ、指摘され、勇気づけられながら、少しずつ成長していく生き物です。新規事業という未開の大海原に放り込まれ、必要な協力も得られず、明確な指摘もないまま成果だけで評価されるという環境の中で、一体、誰が成長し、新たな事業を成し遂げられるというのでしょうか。

本書のコンセプトは、“人と組織の観点から語る新規事業創造論”です。『「事業を創る人」の大研究』と銘打っていますが、創る人の実情を確認することによって、彼らに対するこれまでの関わり方を見つめ直すきっかけにしていただきたい、というのが本書に込められた筆者らの願いです。

私自身は、本書を皮切りに、これから「事業を創る人」に関する研究と実践をさらに加速していきたいと思います。 未来の創る人を増やしていくために、高等教育機関での教育実践はいかにあるべきなのか。さらに、新規事業を経験した人がその経験を生かして経営人材へと成長していくために、会社がこれから取り組むべきア クションとは何か。本書の冒頭でもお伝えしたように、「事業を創る人」に関する実証的研究はまだ圧倒的に不足しており、今後の研究蓄積が待たれるところです。

今後は、「事業を創る人」に関する研究と実践の地平を開き、それを社会に届けるためにも、継続的な研究活動に加えて、同テーマに関するワークショップやコンサルティングなど、現場の課題解決に向けた実践にも精力的に取り組んでいく予定です。

最後に、多くの方々の支えがあってようやく刊行の日を迎えることができました。本書を執筆するにあたり、お世話になった多くの方々に対して御礼の言葉を添えて、本書を閉じたいと思います。

まず、本書のベースになった調査研究にご協力いただいた各社の新規事業関係者の皆さまに心より御礼を申し上げます。研究の途上で幾度となくくじけそうになった自分を奮い立たせてくれたのは、皆さまの新規事業に対する情熱に他なりません。また、調査の一部をご支援いただいた公益社団法人電通育英会の皆さまにも心より感謝をいたします。皆さまのご厚意がなければ、私たちの研究は成立していません。本当にありがとうございました。

また、本書を世に送り出してくださるクロスメディア・パブリッシングの皆さま。特に、編集者の伊賀倫子さんをはじめ、同社代表取締役の小早川幸一郎さん、構成をご担当いただいた戸床奈津美さんには心より感謝いたします。「面白い研究なのですから、世に広めるべきです」という伊賀さんの心強い言葉には何度も救われました。

本書の共著者でもある指導教員・中原淳先生にも深く感謝いたしま す。中原先生がいなければ、私が研究の道を志すことはありませんでした。研究職への異動と大学院への進学。私の進路を分けた2つの分岐点には、常に中原先生の存在がありました。これまで多くの学恩を賜りましたが、特に「宛先のある研究をすることの意義」を、先生自身の実践から学べたことは私にとってかけがえのない財産です。

また、研究室同期の浜屋祐子さんをはじめとする中原研究室の皆さん。特に、中澤明子さん、島田徳子さん、舘野泰一さん、脇本健弘さん、木村充さん、関根雅泰さん、保田江美さん、伊勢坊綾さん、吉村春美さん、高崎美佐さん、斎藤光弘さん、辻和洋さんに感謝を申し上げます。「チーム・中原研究室」の一員として、皆さんと学び合えたことは私の 誇りです。

職場の上司である渋谷和久さん櫻井功さん、そして、シンクタンク部門への異動を導いてくださった美濃啓貴さんをはじめとする会社関係者の皆さまにも深く御礼を申し上げます。大学院へ入学して以来、「何があっても学業を言い訳にしない」と心に決めて会社の業務に励んできたつもりですが、私の不徳の致すところも多く、皆さまに多大なご迷惑をおかけしました。皆さまのご理解と温かいサポートに深く感謝します。

最後に、妻の絵里奈と子の葉奈・律にも日頃の感謝を伝えたいと思います。大学院への進学が決まった約2週間後に、我が家は第一子を授かりました。父親のサポートを最も必要とする時に大学院と会社を優先し、家族の支えになれなかったことを今でも心苦しく思っています。それでも、私の夢に理解を示し、辛抱強く応援してくれた妻には感謝の気持ちでいっぱいです。また、研究が思うように進捗せず、不安と焦りに悩まされていたとき、私の心に灯をともしてくれたのは子どもたちの無垢な笑顔でした。無事に刊行の日を迎えることができたのは、家族の支えに他なりません。いつもありがとう。

ここにはお名前を載せられなかった方を含め、これまで支えてくださった全ての方々に深く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

2017年12月25日 クリスマス 
田 中